石綿(アスベスト)と安全衛生


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 8月7日衆議院が解散され、これにより審議中の全法案は自動的に審議未了廃案となってしまいました。ちなみに産業保健の分野では「労働安全衛生法」(安衛法)や「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」(時短促進法)の改正案がありました。ご存知の方も多いとは思いますが、どのような内容かといいますと、安衛法改正案では(1)危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実として、危険性・有害性に係る調査及び低減措置の拡充や、危険・有害な化学物質について、容器・包装の表示や、譲渡・提供の際の文書交付に関する制度化学物質安全データシート、MSDSの改善などが挙げられ、(2)過重労働・メンタルヘルス対策の充実としては、一定時間を越える時間外労働等を行った労働者を対象とした医師による面接指導等の実施が、そして (3) 健康診断実施後の措置として、医師や歯科医師の意見を衛生委員会等に報告する事の明示や、特殊健康診断受診者への結果通知を、一般健診結果の通知と同じく行わなければならない等が謳われていました。時短促進法改正案においては年間労働時間を一律1800時間とした数値目標設定から、労働者の健康と生活に配慮した多様な働き方に対応したものへ改善するための法律に改める等とされていました。法案の内容に賛否はあるにせよ衆議院の解散・総選挙に伴い、一からの仕切り直しとなりました。

 さて、国会の動きは一先ず止まってしまいましたが、社会の方は人間生活そのものにつき刻一刻と変化を続けています。6月30日の朝刊一面トップに5段抜きで「クボタ従業員 石綿被害79人死亡」(神戸新聞)と取り上げられて以来すでに二ヶ月ほどが経とうとしていますが、未だに連日のごとく石綿(アスベスト)被害関連の記事を目にします。記事を基に被害を受けた方々を見てみると @ 石綿関連作業従事者 A 石綿関連作業に直接従事はしていなかったがその周辺作業に従事していた者 B 石綿関連作業者の家族 C 石綿関連工場近辺の住民 D その他 に大きく分類、整理することができそうです。そして残念ながら、そのすべてのグループから死者が報告されています。
 今回の一連の報道のきっかけとなったのは、テレビ局がメーカーに対し住民に被害が及んでいるという実態を突きつけたからのようです。奇しくもこの7月1日から「石綿障害予防規則」(石綿則)が施行される、まさにその時を狙っての事だったのでしょうか?しかし、石綿の危険性はかなり以前から指摘されていました。


  石綿はもともと安価な上に、耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などに非常に優れた特性を持っているため、建材としての屋根材や断熱材、車や電車のブレーキライナー、今回の端緒となった石綿強化水道管等々あらゆる場面で、また世界中で使用されていました。学生時代、理科の実験でボロボロになった石綿付き金網(現在はセラミック付き金網に置換わっているらしい)を使った記憶をお持ちの方も多いことでしょう。しかし吸入に因る健康障害が指摘されるようになると、1980年代には欧米を中心に使用の規制が始まり、1986ILO(国際労働機関)は、わが国では先日ようやく国会において承認され現在批准手続き中の「石綿の使用における安全に関する条約」(いわゆる1986年の石綿条約)で、石綿含有製品の使用禁止や,吹付け禁止、曝露基準の設定と見直し、無害又は有害性の低い他の物質や製品に代替させること、更に石綿が使用されている装置、構造物の取壊しや石綿の除去には有資格者が当たる、使用者には曝露の予防や環境測定等を求めました。

わが国政府も決して手をこまねいていた訳ではありません。石綿の輸入量7080年代にピークを迎えましたが、それ以前の60年には「じん肺法」、また6768年と「公害対策基本法」「大気汚染防止法」が続けて制定されました。さらに72年には「安衛法」「特定化学物質等障害予防規則」(特化則)が定められました。また、法的な規制だけでなく、文部、建設、環境等の省庁からは吹付けアスベストを使用した建物の調査を行うべく各種通達(なぜか石綿含有建材の一部は目こぼしされていた)も出されており、既に「解決済み」の問題と思っておられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。が、石綿は曝露して2030年もの後に、すなわち作業状況の記録が無くなっていたり、曝露自体を忘れていたり、その時の状況が思い出せなくなってから、ひょっこり「悪さ」を始めるのです。そして悪さを始めると症状の進行が早いことも多いのです。ここが石綿の恐いところです。石綿業務に就かれていた場合、一定の要件を満たしておれば離職の際又は離職の後に住所地の都道府県労働局長に申請することで「健康管理手帳」が交付され、条件はあるものの、年2回(じん肺の手帳なら年1回)無料で健診を受けることができるようになります。78年には石綿との関連で労災認定基準が定められましたが、その時は「石綿肺」「肺がん」及び「中皮腫(胸膜又は腹膜)」の三つでした。今般石綿則の特化則からの分離に伴ってか、039月に認定基準の改定がなされ、新たに「心膜、精巣鞘膜(せいそうしょうまく)の中皮腫」が追加され、更に「良性石綿胸水」「びまん性胸膜肥厚」が石綿との関連が明らかな疾病として例示されました。ただしこれらについては労災絡みの話であり、周辺住民の方々には適用されません。


  では、周辺住民の皆さんはどうすればいいのかということになりますが、これはひとえに各自治体の対応にかかってきそうです。実際、尼崎市では「アスベスト(石綿)に係る健康診断」として、819日から、保健所にて、問診および胸部エックス線撮影を年二回(6か月毎)、一回当たり630円の費用負担で始めました。兵庫県では、県を中心に石綿健診に係わる計画を策定中ですし、他府県の自治体においても同様の動きがあるようなので、自治体発行の広報紙やホームページあるいはマスコミ報道等をこまめにチェックしたいものです。ただ、いたずらに恐がる必要はありません。現在のところ問題になっているのは吹付け、加工、解体等から発生する「飛散性石綿」吸入による呼吸器系疾病であり、今回クボタで製造されていた石綿強化水道管のように、製造過程でのトラブルは別として、完成品として製品に練り込まれた「非飛散性石綿」については、そこに固定されている限り問題はないとされています。

「肺がん」という視点で言えば、それはもう「タバコ・喫煙」が原因で起こることが圧倒的に多いわけで、「非喫煙者」と「喫煙者」とを比べると15本未満なら二倍、20本前後なら三倍、25本以上なら五倍強と、肺がんになる確率は喫煙本数の増加と伴に増えます。また、「非喫煙で非石綿作業者」と比べて「喫煙する非石綿作業者」は十倍以上も肺がんになりやすく、更に「喫煙する石綿作業者」に至っては二十倍近くなります。ちなみに「非喫煙の石綿作業者」が肺がんになる確率は二倍にもならないようです。今からでも決して遅くはありませんので、喫煙されておられる方は石綿の曝露の有無に関わらずこれを機会に「断煙(タバコ絶ち)」をしようではありませんか。

 024月に神戸市で開かれた第75回日本産業衛生学会では00年から29年までの30年間に悪性胸膜中皮腫での死亡者58,000人程度に達するだろう(村山武彦早稲田大理工学部教授)との報告もありました。石綿の使用状況やその特性を考えると、後から振り返ってみて、あるいは今が障害の爆発的発生のスタートだったということにもなりかねません。現在も廃棄物の処理方法や保管管理が問題となっているPCBダイオキシン類での教訓を生かし、新たに制定された石綿則の精神にのっとり、これから増大するであろう解体現場からの産業廃棄物の管理の徹底や、現在も使用されている可能性のある建材の調査、そして二次被害の防止・予防等、国は勿論のこと、官民挙げての取り組みを望むところです。

                                                                                    ( 局  産業保健担当 )